ごうぶーの本日記 
読んだ本を記録するために作りました。 いろいろあったんで、詳しくはご挨拶を。

アフロ・ディズニー

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菊地成孔さんと大谷能生さんの慶応大の講義を本にした、
アフロディズニー。
前半の一冊目はゲストなしの前期、
後半の二冊目はゲストを交えた後期。

読むキッカケは、
深夜アニメ「峰不二子という女」のオープニング、
新嵐ヶ丘が良く。
嵐ヶ丘という曲にセリフが乗ってるんですが、
そのセリフも菊池さん作詩によるものとわかり。


菊地成孔さんは5年前か6年前辺り、
一度通ったんです。
自分のバンドのドラマーが菊池さんが好きで、
ドラマーの性格の理解も含めて、
じゃあどんなものでしょうと。

結果全然合わず(笑)
そのドラマーがチケットを取ってくれたので、
一度ダブセクステットのライブを赤レンガに見に行きましたが、
途中から爆睡。
理屈で奏でる音じゃん、というのが印象でした。
すっと心に入ってこなかったんです。

挙げ句の果てに、腹を壊しトイレが見つからず、
雨の中赤レンガの近くで傘で身を隠しながら外で要をたした、
そんな思い出付きで。

しかし。
前回更新のラーメン二郎に続き、
理解できなかったものを再び月間ということもあり、
そして知人の教授をやりたいという願いも叶えるために、
読んでみました。

歌舞伎町に住んでるという、
プロフィールにも興味を持ったんです。
敢えてそこに住むという思い。
昔から明るい、陽なものを食べてきてるからか、
最近は陰なものを身体が欲します。

結果この本、面白かったんです。
2冊まとめて一日で読み切りました。

印象に残ってるのが。。
最近は本を見つつ書くのではなく、
自分に残った記憶、うる覚えを頼りに書いてます。
脈略無く羅列でいきます。

オタクと黒人は状況は違えど、
メンタリティは同じなんではないかという説。
この話題は様々な角度から照射されていきます。

目は閉じられるけど、
耳は閉じれない。

最終的に芸術は、
音楽にたどり着こうとする。
これは菊池さんの言ではなく、
別の後半のゲスト講師の方の言でした。

この著作は、サイレント映画を受講生に見てもらい、
今や映像と音の同期は当然のようになってますが、
聴覚と視覚は別々のものであったことを認識してもらうことから始めるんですね。
そして見ながら聞く事はどれくらい可能なのかということを探っていく。

蒸気船ウィリーというディズニーの作品から、
その完全なる同期が始まった。

本当はその前からやってた人もいるが、
一番有名なので、ディズニーからという歴史になっているそうです。

そこでミッキーマウシングという言葉が出てきます。
音と映像を完全に合わせることを、
揶揄も込めてそう呼ぶそうです。

ミッキーの出自は、
ウォルトが貧しい時に、
ねずみと遊んだことで、
そこから作られたもの。

ねずみとゴキブリは生き物の中で、
最もたくましいというのが自説ですが、
やはりねずみはたくましいというのを確信した次第です。

そして、
メロディーというのは意味性を持たせるということ。
つまり今ある世界を全部理解しているという万能感を与える。
この内容が自分にとってのこの本のハイライトでした。

世の中というのは本来様々なノイズで構成されていて、
意味を持たない。
そこに意味を与えるのがメロディー。

自分はメロディーが何より音楽において、
大事な要素だと思っているので、
多分音楽にその万能感を求めているのではないかと、
そんなことを気付かせてくれました。

本当は生きてることにも何の意味もないんだと思います。
だけど、そこに意味を持たせたり、
希望を持たせたり、解釈は自由なように、
世界は出来ていて。

その解釈の自由こそが、
音楽なのではないかと。
どうとれる、どうとでも作り出せる世界。

一番やはり音楽という媒体に力を感じるんです。
あらゆるものを動かすだけの。

さて本の内容に戻ります。

ファッションショーの歩き方は、
音に合わせないことで、
服を際立たせるなど。

大人と子供の境目は、
どこからだろうという定義。

そして菊池さんが最後の大谷さんとの対談で、
損したくないという旨をおっしゃっているんですが、
これが多分この人の核の部分な気がしました。
損したくないのでいろいろ吸収してる解釈してる、
そんな印象を受けました。

その人の興味を持つテーマにより、
感想は人によって様々なものになると思います。
気が向いたら読んでみてください。

また次回の更新で。



ラーメン二郎にまなぶ経営学

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著者の方は、
経営コンサルタントで、フレームワークの本を書いてる方。
その方がラーメン二郎好きが高じて、
ラーメン次郎を経営学的に見るという趣旨の本。

だいたい感想は一言で済むんです。
読んで一日二日して、自分に残ってるものを探すと、
それは1つか2つ。

ラーメン次郎は、
ストーリーを求めに食べに行く場所だということ。

なので今回は
本の感想というよりは、
自分とラーメン次郎を語る方が良いなと思ったので、それを。

新宿のラーメン屋武蔵が行列絶えぬ頃。
おそらく10年ぐらい前でしょうか。
ラーメンブームの頃だったように思います。
1時間以上は並べないなと時計を見て、
道を歩いていくと、東京ウォーカーに載ったとガラスに貼ってある、
ラーメン屋さん発見。

それがラーメン二郎でした。
あっさりしたラーメンが好きな自分ですが、
たまには違うものをと。

そこで出てきた量。もやし。
初めてラーメンを残した気がします。
なんでこんな苦しさを強要される必要があるんだと。
しかも美味しいというわけでもない。
二度と来ねぇと。

そこから時は過ぎ、
吉祥寺の成蹊大学の横に、
行列のできる(当時、同じく10年程前)ラーメン屋。
ラーメン生郎。
ラーメン二郎は三田が本店ですが、
その2店舗目だそうです。
大学生が深夜落書きをし名前が三郎に変わり、
最終的に生郎に落ち着いたとのこと。

店が汚いので自分はイヤだと言いましたが、
友人がどうしてもというので、
経験として一度くらいと。

やっぱり美味しくない。
店も汚いし2度と来ないと。
そのときはその店が二郎と繋がってたことも知りませんでした。

3度目は行ってはいません。
数年前のこと。

高校の友人達と、
長野にお蕎麦を食べに行った帰りの車中のこと。

ラーメン二郎に行きたいと。メンツの1人が。
4人で行ったんですが、3人は行きたいと。
運動部の連中だったので。

自分は絶対イヤだと。
せっかく身体に優しい美味しいものを食べてきて、
油を摂取する意味がわからんと。

結果自分は帰り、その残り3人はラーメン二郎へ、
なんていうこともありました。
多勢が何と言おうと、
自分を曲げるのは絶対イヤな性格です(笑)

しかしここからわかるのは、
確実に周囲の男達を虜にしているという部分です。

で、どう考えても、
それは達成感と優越感なんだろうと。

自分は食に達成感を求めてはいないんですよね。
故に量は求めていない。
多分3人は蕎麦が物足りなく思えたのだろうというのもあります。

注文のとき、メン、マシマシ等の呪文等、
自分は常連だという優越感が働く。
著書でもその指摘がありましたが、
その通りだと思います。

打ちながら思ったのは、
食べ物って、情報を食べてるんじゃないかなと。
自分は、ラーメン二郎っていうものを知らないで、
行ったからその量や味に腹をたてたわけです。

ただ事前にその情報を知っていたら、
食べる前に自分に適した食べ方を模索して行くだろうし、
その店に挑むことが、一つのネタになるから、
何かあってもそれも一つのストーリーに変わる。

ちょっと面白いのが、
普通の飲食店だと女性が来て、
そこに男がくっついてくるパターンが多いですが、
男がたまってることで、
女性が来るという形も作られてるんだなということ。

女だけど、私結構食べれたというストーリーができる。

食事って何だろう、外食って何だろうと、
改めて考える一つのキッカケになりました。

人は五感で判断しているんだろうと思う。
でも。

情報を食べている。
これは大げさじゃないような気がします。

そして。
男を虜にするのは、
苦しみが一つのキーワードであることも間違いない。
そこに達成感をあげれば中毒になるんだなと。

いろいろ考える部分があります。
ラーメン二郎。


小澤征爾さんと、音楽について話をする

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読了から2日程たちました。
その後、小沢征爾さんの「ボクの音楽武者修行」
という自伝も読みました。
そこからわかったのは。
村上春樹氏の文章の上手さということでした。

この本。
まずは村上春樹氏の語りから始まります。
そこでぐっと読んでみたいと思わせる。

この対談の中でも書かれてますが、
文章とはリズムであり、
文章を作る際に、
自分は音楽から多大な影響を受けているとのこと。

1Q84もそうですが、
長くても読んでしまうんですよね。
最後まで。
この本も読み始めてから最後まで早かったです。

そして本当に細かく音を聴いている。
その音が生まれた背景、時代、
構成を感じ取り表現してる。
その観察力はふんだんに文章に活かされてるんだなと。

同じ楽曲での、
オーケストラ毎の聞き比べをしたり、
編集した音の箇所を当てるところなど、
対談の読みどころも何個もある。

人によっては、
それがうんちくだったり、
語りすぎともとれるみたいですが、
「ボクの音楽武者修行」を読んでみると、
改めて春樹氏の引き出し方、
そして本の構成により、
メリハリがついて、
読みやすいなと感じました。

対談の内容もありますが、
一番自分が印象に残っていること。
2日たっても身体に残ってる感触。
村上春樹氏の文章のリズム、その心地よさ、
その力強さ。
それが鮮明に残っています。







ドラクエが教えてくれた営業でいちばん大事なこと

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どれだけ久々の更新でしょうか(笑)
ほぼ6年ぶりの更新です。

あれからも本は読み続けてます。
当時はもうかたっぱしから新刊を全部読むなんてことをしておりました。
よくやってたな~(笑)
1週間100冊ぐらい自分の本棚で回してたもんなぁ。
出版社の新刊情報を出る前からチェックなんてのを、
毎日の日課にしてた時期もあったなぁと思い出しました。

最近はガムシャラな読書というよりは、
ぱっと思い立ったとき、何か気になるものを、
サクっと取り寄せたり、出先で読んでしまう。
そんな感じです。
おおよそ内容の予測も立つし、
絞って読みたいときは、
カスタマーレビュアーを読めば、
おおよそ読むべき本もわかります。
必要な部分だけをサクっとという感じです。
それだけの読書を重ねたということでもあるのでしょう。

6年前は、自分が吸収することを目的としていましたが、
6年たった今は、著者へのメッセージを発信という目的で書いてみようと思います。



さて久々の一冊ですが、
読んだのは昨年2011年の9月だか10月だかその辺りだったと思います。
随分前なのですが、書きたいと思った部分があるので続けます。
ドラクエと営業をどう繋げているのか、
その興味が自分のモチベーションでした。

営業には型がない。
というのが通説とされてきたし、
実際営業している人も、
自分で作り出しなんとなくやっていたりする。
しかし、型が作れるのではないか?

ドラクエで用いられてる、
誰にでもわかりやすい、1つクリアしてまた次をクリアする、
そういった設計理論は営業でも使える、営業にも型が作れる、
というのが作者の方の提示でした。

そして競争力が必要な時代に、
国境なく戦力を必要とするのであれば、
その型は必須となるのではないか。と。

どこの国でも
どの業界でも
どの会社でも
誰でも使えるプロセス。

ここで取り上げたいと思ったのは、
この必要性を感じたからです。

自分は昔大学生のとき、
デジタルカメラを売ったことがあり、
派遣として行ったんです。
そのときの研修で使われていた資料がよく出来てました。

他社との比較と、自社の強み、
内容としてはこれだけです。

しかしこれで売れるんです。
これだけのものができていたら、
自社の人が売らずに、売り場は派遣でコストカットして、
売っていくっていうのは、まぁ当然の姿勢かと思います。

もちろん自分なりに工夫をして、
己の性格に合った型は作っていったのですが、
その資料の効力をこの本を読んで思い出しました。

またプロバイダーの仕事をしたこともありまして、
そのとき質問に対して、いくつかフローと型ができていまして、
それに沿っていけばおおよそどんな人でも問題なく仕事ができる、
そんなことも思い出しました。

プロセスと型の重要性です。
これをとても感じています。

そして、最近読んだ
「ディズニーと三越で学んできた日本人にしかできない「気づかい」の習慣」
という本があるのですが、これとも絡んできました。

こちらの著者の上田比呂志さんは、
実家が料亭で、三越で働き、
三越と提携しているディズニーで働き、
その中で感じた、
日本人の気遣いは真似できないことと、
素晴らしいこと、誇りを持ったというのがこの本の論旨です。

自分がしたいからしてあげる、
この人に喜んでほしい、
そういう気遣いは、日本人特有のものだと。

自分もそう思うんです。
そしてこの気遣いが世界に広がってほしいなぁと。
チップがないのも日本っていいなぁと思うところで。
文化として理解できるんですが、
やっぱりない方が落ち着くんです。

その日本の気遣いを、
型として作り、
海外の人にもその精神性を理解してもらえるのではないか。
型から理解してもらえることってあると思うんです。
この2冊を読んで自分が思ったのは、
それをやってみたいなということでした。

作者の方へのメッセージとして書きたかったのが、
ipadのくだりについてです。
ご自身が作り出したipadのシステムを推したい気持ちは、
理解できるのですが、
せっかく内容が面白いのに、
それを読者に売り込みたいという気持ちが感じ取れて、
少し辟易してしまう所がありました。
これだけ凄いんだ、というのではなく、
読みものとして納得できるものであれば、
推さなくても自然と人は集まるような気がしたんです。

この本は提案が面白かったのでセーフでしたが、
よくある最悪のパターンが読んでくうちに、
それがご自身の宣伝で、最後はwebを見てねタイプの本です。

読み物として完結して欲しいというのが、
私の個人的願いです。
余計な宣伝は逆効果というのが持論です。

今年はドラクエ10発売ということで更新しました。
このブログもどうしていこうか、今のところ29の誕生日で消す予定ですが、
まだ先はわからないので、
その誕生日を迎えたときに考えます。

ではまた次の更新でお会いしましょう。






バガボンド 23

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自分をあざむきつつ生きる又八と、
自分の技に、剣に実直に生きる武蔵と小次郎。

その対称が描かれているのがこの巻。

では印象に残ったところを。

●この男の強さを感じてみたい。
抜きはしない。

強い、一体どれほど。
知りたい。

と思い、剣を抜き殺されてしまう。


ただこの気持ちはなにかを極めたり、極めようとしてる人ならわかってしまうんではないかなぁと思う。

●さっき述べたけど、
負け犬は負けを抱えてそれでも生きていくんだ。
前へ進まなくちゃならねんだよ


っていう又八のセリフ。

この巻は強いものを取り巻く、弱いものたちというのが際立ってる気がする。

●これで、これでもう…
戦わなくて済む
殺し合いの螺旋から俺は降りる

なぜ思い出すんだ今ーーーー


これからの武蔵の変化を匂わすシーン

●刀を究極に美しくあらめるためには、
刀であってはいけないような気がした

言うたじゃろ
ただの言葉だと


じーさんの魂が現れる。

この武蔵が自分の理想を求めて考えてるシーンが自分は結構好きである。
自分もそういうことをよくしてるからだろうか。

●本当の意味で剣こそ己と生きている人は稀。
そういう人は余計な色がつくのを拒む。
ただ己の色を深く濃くしていく

その色は美しい
その人の色

そして私はやはりそんな美の為にのみ研ぎたいのです。


その人の色。
天下無双という言葉ではなく。
色かぁ。
うむ。

●闘う前に疲れちまう。

いい感じで力が抜けている。
やわらかさを意識した記述が前回であったけれど、それが出てる一面。



次巻も楽しみにしとります。
井上さん♪